今日の福音4.29

今日の福音(2012年4月29日)

「良い羊飼い」がおられるから

(ヨハネによる福音書10章11~16節)



 本日の福音書で、「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。」(11節)とイエスは語ります。さらに「わたしは良い羊飼いである。」(14節)、「わたしは羊のために命を捨てる。」(15節)と、くり返して語っています。また、「羊もわたしを知っている。」(14節)、「その羊もわたしの声を聞き分ける。」(16節)と、くり返して語っています。本日の福音書で語られる強調点は、「イエスは、羊のために命を捨てる良い羊飼いであり、羊はそのことを知っている。」ということです。
 羊は、人間に世話をされる家畜となっていなければ生きていくことのできない動物です。外敵から逃げるために動く速度も遅く、自分たちで群れの統制をとることもできません。また怪我をしたり傷を受けると、すぐに弱り果ててしまいます。ですから、羊飼いによって昼も夜も外敵から守られ、食料のある青草の生えている所まで導かれ、夜は囲いの中に連れ戻されて守られなければ、羊は生きていくことができません。そして羊たちは、そのように自分たちを守り導く、自分たちのほんとうの羊飼いの声を聞き分け、その声に従っていかなければ、生きていくことができないのです。
 イエスが歩んでおられた2000年前のパレスチナの地では、事実、羊を野獣や強盗という外敵から守るために命を失った、牧畜に従事していた羊飼いや少年や少女たちがいたとのことです。羊は、そのような人たちに守られ導かれることがなければ、全く生きていくことのできない、弱く、小さく、とるに足りない存在となっていました。羊は、「良い羊飼い」に守られ導かれるからこそ、弱くても、小さくても、価値ある存在として生きていくことができるのです。
 イエスは、「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。」と語ります。私たちはこのイエスに守られ導かれて、生きていきます。羊が良い羊飼いを知っており、その声を聞き分けるように、私たちはイエスの私たちへの呼びかけをさらに深く聴くことが求められています。